野球ネタ:歴代最高の野球選手(野手)は誰? パート2
アルバイトのSZちゃんが使っている机の引き出しが突然開かなくなったのは多分もう一ヶ月ほど前だったろうか。その時、なんとか開けようとがんばってみたのだがまるできちんと鍵を掛けたように頑として動かなかったので、その時は諦めた。
そして2日ほど前、そんなことは全然忘れてその引き出しに入っているはさみを使おうと引き出しに手を掛けた。
「あっ、そうか。ここ開かないんだ」
「そうなんです。この前のままで・・・」
そこでまた、前と同じ程度にがんばってみたが同じように開かなかった。
「そのうち開けなきゃいけないなぁ」と不用意に言ってしまったあと、さくっと重たい空気を感じた。
今日、その件について解決することにした。
「その引き出しをなんとか開けてみよう」
「別にいいですよ。そのうちで」
やっぱり少しキレ気味?
「いや、今解決しよう!」
もう一度あれこれ試した後、素人では無理だと感じ、錠前屋を中国人スタッフのX君に頼んだ。以前からまじめでおとなしく、少々トロいと思っていた彼はすぐに錠前屋に連絡を取り、その後約10分ですべてが解決した。
一番トロいのはおいらだったのだ。
福本と他の選手と決定的に違う部分は盗塁の仕方に革命的な発想の転換をもたらしたことである。
福本は当時、他の選手とはまったく違う視点で盗塁を考えていた。盗塁成功率=足の速さと考えられていた時代(実際この頃、代走専門として野球経験のない短距離の日本記録保持者などを入団させていたチームもある。しかし盗塁成功数・盗塁成功率は惨憺たる物であったらしい。)に福本は8ミリカメラで相手チームの投手を撮影し、マウンド上での所作をつぶさに観察していた。彼は投手が牽制球を投げる前と打者に投球する前の動作の微妙な違い(クセ)をすべて洗い出し、牽制球が来ないことを完全に見切ってスタートを切っていたのである。
そんなことをシラーっとやっていた福本は1970年代の前半には毎年約100個ほどの驚異的な数の盗塁を成功させる。このときでも成功率は8割あるかないかということだったので、盗塁を試みた回数はほぼ年間試合数の同等の数字であったとされる。つまり、のべ毎試合走っていたことになる。当時どうにも止まらない福本対策として、南海の捕手であった野村がクイックモーションを考案したのは有名な話である。
盗塁という技術にパラダイムシフトをもたらした福本はあるテレビ番組で訊かれた「福本さんにとって盗塁とは?」との質問にさらりと「僕の仕事やったねぇ」と答えていた。
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