水柱
先週教室の水飲み場の傍に掘った穴は週末の間降り続いた雨が運び込んだシルトで埋まっていた。指を突っ込むとちょうど溶けかけたチョコレートのようにずぶずぶと入ってゆく、なんとも言えない誘惑的な感覚だ。ここ数週間、校庭に花壇を作るための土木工事が行われていて、俗にトラロープと呼ばれるビニールロープを張るための鉄製の杭が無造作に放置してあったことは血気盛んな中学生の俺らがその破壊的衝動を抑えるには少々酷な環境であった。

合唱コンクールのためにクラス全員を普段より早めに登校させられたものの、案の定まとめ役のクラス委員と素行のよろしくない同級生の連中とがもめており、合唱の練習がはじまりそうな気配もない。もとよりそんな品行方正な活動に特別協力的でもなかった俺と、悪がきだがなぜかいつも成績だけはいい守田、俺と同じ野球部OBでのっそり大柄の武内の三人は金属バットほどの長さの杭をシルトに向かって投げて突き刺すという遊びを始めた。
鉄製の杭にはそれなりの重さがあるが、それを陸上競技の槍投げの要領で握りシルトで埋まった穴に力いっぱい投げつける。すると自分が思っていたより深くすんなりと刺さるので妙な快感があった。俺らは夢中になり、いつの間にか3人のうち誰がもっとも地中深くまで杭を貫くことができるかを競っていた。
身体がでかく力もある武内が一番だったが、負けず嫌いの俺はなんとか武内の記録を破ろうと躍起になっていた。そうこうしているうちに、始業のベルが鳴った。俺は最後に渾身の力を込めて杭をシルトの中に投げつけた。
ほんの一瞬だったはずである。その時確かに穴いっぱいに詰められたシルトの塊全体が陥没して地球に吸い込まれるようだった。
地中から噴出した泥水は木造校舎の屋根をも越えた。守田はすぐに走ってどこかへ行ってしまったが、俺と武内はしばらく呆然と立っていた。何がおこったか把握するまでの時間は2~3秒だっただろう。しかし、かなり長い間そこに立っていたような気がする。
頭の切れる守田がすぐに走っていった先で校舎全体を制御する水道の元栓を止め、5メートルほど噴きあがってた泥水は次第にその高さを縮めていき、最後は水溜りの中に吸い込まれていって止まった。
教師によるひととおりの現場検証のあと、シルトの溜まっていた地面の傍を通っていたプラスチック製の水道管に俺の投げた杭の先端が当たり1センチほどの穴が開いたことが水が噴出した原因だということがわかった。補修のため、我々3年生が学ぶ校舎全体が断水することになった。
学生時代に右翼の薫陶を受けた担任の教師に往復ビンタをもらった俺と武内は6時限の授業が終わったあと、断水で迷惑をかけた教室をひとつひとつ回り教壇の上からわびを入れることになった。
「今日は僕達のせいで水道が1日止まってしまってすみませんでした」こんなことを他のクラスの生徒の前で言うのである。別のクラスの悪友たちは大笑いし、からかう。かわいいと思って気になっていたあの娘は口に手を当ててクスクス含み笑いをしている。はずかしいなんてものではなかった。
しかし教室を2つ3つと回ってゆくうち、妙なことに「恥ずかしさ」はだんだんと快感に変わっていった。最初はたどたどしかった侘びの言葉もしだいに自身にみちたものになってゆく。迷惑をかけた別のクラスでの謝罪がすべて済んだときには何か妙な寂しさを覚えた。
「おい、武内。自分のクラスにも迷惑かけたんだから、やっぱり同じようにあやまるべきだよな」
「そうだな」
俺と武内は勇んで自分のクラスに入り、教壇に立った。
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