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親父の危機1

「お父さんが倒れたみたい」と妹から電話をもらったのはおいらが香港に出張中だった。東京に住んでいる妹はこれからすぐに千葉の実家に戻り、状況を把握してからもう一度連絡をくれるという。それから約2時間後、再び電話口に出た妹は泣き声で「先生が、できるならすぐに帰ってもらったほうがいい」と言っていることをおいらに伝えた。聞けば、親父が病院の集中治療室に担ぎ込まれたときは、ほとんど本人の意識はなく、ときおりのたうちまわるように全身を痙攣させていたようだ。今夜がヤマだと言う。

おいらは次の日の昼の便で香港から日本に戻った。フライト中にはもう覚悟を決めて、長男としてどのような段取りをして、参列者への然るべき挨拶を考えていた。空港にはお袋と妹が迎えに来ていた。飛行機に乗る前に電話をしたときは、前夜より特に回復が見られなかったという話しだったが、午後に一度意識を回復したらしかった。

細菌性髄膜炎、それが親父の病名だった。抵抗力の乏しい、乳幼児や老人がかかりやすい感染症で、劇症になれば発症後1~2日で生命の危機にさらされるという病気だそうだ。親父は採取した隋液が目で見てわかるほど繁殖した細菌で濁っており、担当医もこれまでに見たことが無いほどの重い症状だったそうだ。入院してから3日後、おいらは集中治療室の親父に会った。眠ってはいなかったようだが、見開いた目が据わっており、狂人のそれのようだった。どうやら家族の顔もわからないらしくきょろきょろしている。医者に話しを聞くと、なんとか一命は取り留めることができそうだが、後遺症はまぬがれないだろうということだった。最悪の場合は細菌が脳を侵し、通常の生活に支障をきたすこともあるということだった。


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