口パク包囲網
「口パク少女」というのが話題になっている。北京オリンピックの開会式で独唱した少女は実際には歌っておらず、背後で流れる録音済みの歌声に合わせて口パクをしていただけとのことである。日本を含め、外国メディアはかなり大々的に取り上げて問題視しているようだが、どういう意図をもって報道しているかが重要である。
容姿の優れた女の子を表に立たせて、声の優れた歌を背後で流すと言う演出自体は取り立てて批判にさらすべきものでもないだろう。「口パク」という行為を禁じる国際法もないしコンサートと違って観客は女の子の歌を聴くためだけに高い入場料を払ったわけでもないだろう、「美しい少女の美しい歌声に感動したのに裏切られた」と思う人もいるかもしれないが、逆に容姿か歌声のどちらか一人の女の子だけを使えば、「あの子かわいかったけど、歌はいまいちだったね」とか「歌はうまいけど・・・」みたいな批判もでてきたかもしれない。
この事件とその後の報道のポイントはやはり中国に対する政治的けん制だろう。ここ20年で急激に国力をつけ、平和の祭典オリンピックを開催することでスーパーパワーをもつ超大国というイメージを獲得しようとしている新興国が必要以上に増長しないように重箱の隅にあるような些細な出来事をさも大問題でも起こったように取り上げて、負のイメージをもって調整しようとしているのだ。「口パクだったなんて、さすが偽物大国だ。中国はまだまだ先進国と呼ぶには時期尚早だな」と。
こういういやらしい政治的手法は効果的である。いま海外のみならず、中国国内においてもこの「口パク問題」で賛否両論に割れており、その是非についての議論がかまびすしい。アメリカの報道機関などがこの「口パク問題」をたきつける急先鋒だろうが、元はといえば今槍玉に上がっている当の中国自体、こういうやり方の本家本元だ。そしてこういうやり方は日本のもっとも不得意とする分野であり、今後の国益を守るためこの機に充分に学んでもらいたい。おいらも学ぶ。
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